新卒教員の教科書

教師としての『教科書』がない。だったら自分で作ればいいんだ!そういう思いから始めました。

お金の歴史とこれから

おくりびと

 

10年前なら「納棺士」だけを意味したこの言葉も、今では全く異なる意味が加わった。「億り人」、つまり仮想通貨で一億円以上の収入を得た人物を指す言葉として一般的になりつつある。今朝の日経新聞の記事に、2017年度の仮想通貨取引を含めた収入で1億円を超えた人が331人だったとあった。

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仮想通貨の登場のように、経済の動きはめまぐるしい。その中心的な存在としての貨幣について、前回に引き続き考えたい。今回は歴史的な観点から貨幣について整理していく。

 

前回みたように貨幣には、交換手段、決済手段、価値尺度、価値貯蔵という4つの機能があった。では、貨幣が存在する以前、人々はどう生活していたのだろうか。

 

産業というのは気候や土地の状況と密接にかかわっている。海沿いの地域であれば、漁業が盛んになるし、肥沃な平野であれば農業が盛んになる。しかし、人は水産物のみ、あるいは農産物のみを食して生活しているわけではない。食卓に魚だけでなく、米や味噌汁があることで、豊かさを享受する実感を持っただろう。それは古代人も同様である。自分が必要とするものと相手が必要とするものとの物々交換が、貨幣登場以前の経済生活であった。たとえば、黒曜石やサヌカイトなどの交易の跡が日本各地にあるが、これらも物々交換の証拠だろう。

 

しかし、古代には、どこでも取引できるようなメルカリなどの便利なサービスはない。GPSのない時代に、取引相手を見つけるのは至難の業だっただろう。よしんば、取引の相手を見つけても、そもそも相手が必要とするものをこちらが持っていなければ、取引は成立しない。そこで、市(マーケット)という仕組みができた。様々な人がものを持ち寄って同じ場所に集まれば、取引が成立するのである。特に余剰生産物ができる農業の発展に伴って、市ができていった。ヨーロッパでは中世に、日本でも鎌倉時代に市が盛んになるが、その背景には、自給自足以上の取り分を人々が得たことがあった(ただし、貨幣の登場と、統一的な貨幣の普及は別次元の話である。)。

 

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このように、市が開かれたことで、取引は活発になった。物々交換というのは非常に非効率的である。しかし、食材の場合であれば、取引までの間に腐ってしまうか傷んでしまうため、遠隔地との取引はほぼ不可能となる。そこで発明されたのが、貨幣である。初期の貨幣としては、商品との交換の際に使うことができ、かつ人々が価値(すなわち希少性)を認めるものが使用された。たとえば、古代中国では子安貝が貨幣として使用された。その名残として、お金に関する漢字には「貝」が入っている。たとえば、「貨」幣、「財」、「資」金、などである。また日本ではが貨幣として用いられていた。米のことは「稲」という。昔は稲を「ネ」と呼んでいたのが、いつからか「値打ち」の「ネ」として定着していった。また、も貨幣として使われた。というのも、貨幣の「幣」は布を意味する言葉である。それが現在の日本語にも残っているのである。

 

だが、米や布は長期間の保存に適していなかった。また、貝も大量に取れれば、インフレを起こしてしまう。そこで、長期間保存でき、希少性がある金属が貨幣として使われるようになった。それが、金や銀、銅であった。特に金はさびることがないので、非常に重宝された。そして、経済の規模が拡大していくとともに、貨幣の需要が増加していく。

 

しかし、金属は非常に重いため、決済の度に持ち寄るのは非常に効率が悪い。そこで登場したのが両替商である。両替商はまず金や銀を預かる。そして、預かり証というのを発行する。預かり証を取引の際に利用し、相手はそれを両替商に持ち寄れば、取引分の金をもらうことができる。つまり、そもそも紙幣は金や銀との交換の裏打ちがあって効力を有していたのである。ちなみに、世界最初の紙幣は中国の宋代で発行された「交子」である。宋代は民間資本による経済発展が著しく、当時用いられていた銅銭の供給が追い付かず、銅よりコストの安い鉄銭が大量に鋳造された。しかし、鉄は銅よりも重かったために、取引の利便性向上を目的として、銅や鉄との交換を保証した「交子」が発行されたのである。

 

話を戻そう。両替商はやがて銀行に形を変える。明治時代になって爆発的に銀行が増加したが、両替商の頃と変わらず「紙幣」を発行することができた。つまり、現在のように日本銀行だけが紙幣を発行しているわけではなく、民間銀行が自由に紙幣を発行できたのである。民間銀行は、1879年までに第153銀行まで設立された(当時の名残として、82銀行という長野県の地方銀行は、明治時代に設立された第19銀行と第63銀行が合併したことに由来する)。

 

しかし、紙幣発行権を多くの主体が持っていることで、統一的な金融政策が困難になる。そこで、紙幣発行権を持つ銀行が1つに限定されることになった。それが中央銀行である。日本では1882年に日本銀行が設立され、翌1883年には紙幣発行権が各銀行から取り上げられ、紙幣発行の主体は日銀だけとなった。そして、当初の紙幣は金や銀との交換を保証していた。金や銀との交換を兌換というが、それを保証した紙幣を兌換紙幣という。金の価値を担保に紙幣を発行し、金との兌換を保証する制度を金本位制といった。最初は、日本は銀本位制を採用していたが、やがて金本位制に転じていく。

 

しかし、経済は貨幣量とは関係なく発展を続ける。銀行が保有する金の量は限られている一方で、貨幣需要が増加していったため、金本位制では経済発展が頭打ちになってしまう。そこで、金の保有量と関係なく紙幣を発行できる制度に移行していく。それが管理通貨制度である。現在の日本銀行券では金との交換はできない。

 

ここで、よく考えてほしい。そもそも貨幣は子安貝や金など希少性を持つものの裏打ちがあったからこそ意味を持った。しかし、管理通貨制度の下では価値の裏付けを持たないではないかと言いたくなる。では、何が価値を支えているかというと、発行主体である政府に対する信頼である。つまり、実体的な価値ではなく、目に見えない「信頼」が価値の根底にあるのが、現在の貨幣なのである。我々はフィクションの中で貨幣を使用しているのだ。その点、仮想通貨は政府が発行主体ではなく、政府に対する信頼という価値に支えられていない。ハッキングなどセキュリティ面でも不安が残る。だが、世界中で政府に対する不信感が取りざたされている現在において、従来の貨幣もどうなるのか全く分からないのであるが…。

 

おくりびとのように、言葉の中には時代とともに意味を変えていくものもある。貨幣も時代とともにその姿を変えてきた。歴史を踏まえて、その推移を見守っていきたい。

貨幣、通貨、資金の違いについて

仮想通貨、金融緩和、インフレーション、巨額の企業買収…。お金に関するニュースが流れない日はない。ましてや日常生活においても、お金と無縁な日はないだろう。

 

だからこそ、原点に立ち戻りたいと思う。すなわち、我々の生活を取り巻くお金とは何なのか、一度整理してみたい。まず貨幣と通貨の違いについて整理し、名称の整理を通じてお金について考えていきたい。

 

辞書を引くと、貨幣とは「商品の価値尺度や交換手段として社会に流通し、またそれ自体が富として価値蓄蔵を図られるもの」(デジタル大辞泉)。一方で、通貨とは「流通手段・支払い手段として機能している貨幣」とされる。つまり、貨幣と通貨はほぼ同義であるものの、特に流通した貨幣を通貨という。

 

英語で貨幣は"money"である。moneyはラテン語の"moneo"(忠告する)を語源とする。それはローマ神話最高神であるジュピターの妻であるユーノ(juno)に由来する。ユーノは結婚生活をつかさどる女神であり、結婚する男女に忠告する(moneo)ことを役割としていた。ユーノを祭る神殿にあったのが造幣局であり、そこで作られたコインがいつしか"moneo"と呼ばれるようになった。これがイギリスに伝わり、moneyと形を変えたのである。ちなみに"monster"も語源は同じ"moneo"である(人間が働いた悪事に対して神が忠告し戒めるという意味が"monster"である)。

 

通貨は英語で"currency"である。これを分解すると、curは「走る」、-rentは「性質」、cyは「こと」を意味する。"currency"とは「走る性質をもつこと」、すなわち「世の中に流通しているもの」である「通貨」を意味する。curから派生した言葉として、"current"があるが、これも「今走っていること」から「現在」という意味になった。

 

最後に資金について、まとめたい。デジタル大辞泉には、資金は「事業の元手や経営のために使用される金銭」ないし「特定の目的のために用意され使われる金銭」とされている。さらに英語で資金は"fund"というが、元々はラテン語の"fundus"(土地、農場)に由来する。つまり、ある目的に使われる土地が転じて、ある目的に使われる通貨のことを資金というようになったのだろう。そもそも流通していなければ、特定の目的に利用することはできない。

 

最後に三つの言葉を整理したい。まず「貨幣」とは価値尺度や交換機能などの機能を有するものであり、それが流通すれば「通貨」となる。そして、何らかの目的に使われる通貨が「資金」といえよう。次回は、貨幣の機能についてまとめていく。

人間であるために

切迫した状況が、彼を思考停止に陥らせた。

 

日大アメフト部の選手が関西学院大学との試合中、相手選手へ反則行為をし、重症を負わせた。その件について、日大の選手が謝罪会見を開いた。会見全文を読んでみて、ある作品を思い出した。『エルサレムアイヒマン』である。

 

エルサレムアイヒマン』とは、アイヒマンというナチスの元役人が終戦イスラエルで裁判にかけられ刑が執行されるまでを描いたレポートである。ちなみにアイヒマンホロコーストユダヤ人の大量虐殺)の中心的な責任者である。このレポートは、ハンナ・アーレントというユダヤ人哲学者が著したものであるが、同胞への非道を行ったアイヒマンを極悪人として描いているわけではない。むしろアイヒマンは「陳腐な小役人」として描かれている。

 

裁判の陳述で、アイヒマンは「自分は上司からの職務命令を忠実にこなしていただけであり」、「直接ユダヤ人に手をかけていないのだから罪の意識もない」と。そして、「ユダヤ人に対する敵対感情はなかった」が「総統の命令に逆らえるような雰囲気はなかった」とも述べている。

 

こうした傍聴記録を通じて、アーレントアイヒマンを「普通の人」と評した。彼はただ単純に上からの命令をこなしただけであり、ホロコーストという「悪」の責任を彼個人に帰すべきではない。アイヒマンは善悪の判断をなせる人間ではなく、命令を忠実にこなすマシーンだったのだから。つまり、アイヒマンは思考停止に陥っていただけで、大きな悪に加担していたものの、自らが悪だという意識は全くなかった。ここで、アーレントは人間である条件を思考することに求める。思考をやめてしまえば、それはもう機械に過ぎないのだ。

 

話をアメフト部の件に戻そう。日大の選手は監督やコーチから命令(圧力)があったと言っていた。そして、プレッシャーの中で反則行為をしてしまい、その後は思考がとまってしまったとも述べていた。つまり、彼は極度の緊張状態の中で思考停止に陥り、監督やコーチの命令に従う機械となり果てたのである。しかし、彼がアイヒマンと異なったのは、良心の灯を捨てなかったことである。

 

実名と顔を出して会見に臨み、誠実に反省の意を表明したことは加害者としての罪の意識を持っていた証拠であろう。そして、自らどうすべきかを考え、償いのために行動したのである。

 

今回の問題が示唆するのは、誰しもが思考停止に陥る可能性があるということである。極端な権力関係の中で、考え続けることができるのか。社内でもし組織的な不正行為があったならば…(雪印の不正告発)、部活動の試合で相手選手の選手生命を絶たせるようなけがをさせろと監督に言われたら…。日常の至る所に思考停止の芽はある。機械ではなく、人間であるために考え続けることの大事さを改めて認識した。

選挙なんて意味ないんじゃないかな ~カウンターデモクラシーについての覚書~

選挙なんて意味ないんじゃないか…。

 

高校生の頃から感じていた疑問とは裏腹に、「選挙に行こう」という標語が日常生活の至る所で散見された。特に2015年に選挙権年齢が引き下げられてから、18歳選挙権を推進する運動で世間は大きく盛り上がった。しかし、そうした運動があっても、全体としての投票率は低下の一途をたどっていた。「選挙の大事さ」を強調する議論も、一部の声が大きい人たちの動きがメディアにピックアップされたために盛り上がったかのように見えただけだったようだ。

 

「結局選挙は意味がないのか…」。そうした長年の疑問に答えを出してくれた概念に、つい最近出会った。それが、今日紹介するカウンターデモクラシーである。

 

カウンターデモクラシーは、政府に対する信頼と不信の2つの軸から成り立つ概念であり、市民の働きに重点を置くものである。すなわち、選挙の際の投票は政治家に対する有権者の信頼を表す。一方で、選挙と選挙の間(執行)と、選挙の際とで有権者の意思には変化が生じる。代表が有権者の意思を体現することだとすれば、有権者の意思の変化にも対応しなければならない。そこで、執行の際に有権者が代表者を監視すること、すなわち不信感の表明によって、政府をコントロールすることが可能となるのだ。この不信感の表明が2つ目の軸である。

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カウンターデモクラシーが注目されるようになった背景には、近年における代表制民主主義の機能不全の問題がある。それは選挙の機能不全の話と密接に関連している。まずは選挙の機能を確認していきたい。ピエール・ロザンヴァロンによれば、選挙とは以下の3つの機能を有している。すなわち、「代表機能/統治者の正当化機能/議員をコントロールする機能」(ピエール・ロザンヴァロン、pp.60-61)である。これらの機能の中でも、特に代表機能が効果を失いつつあるという。

 

第1の代表機能であるが、社会の複雑化によって個々人の価値観が多様化したことは、政党が利益を一元的に集約することを困難にし、有権者の多様な利害を代表することを不可能にした。第2の統治者の正当化機能であるが、投票率が低下し、選挙自体の有効性が問われている中で、その正当化機能も低下している。第3の議員のコントロール機能も意味をなさなくなっている。たとえば、代表者が選挙の際に掲げた公約が完全に実現されることはあまりない。もちろん、一部の公約は実現されるが(トランプ大統領は選挙公約31個のうち、15個を大統領令で実現した)、「全てが完全に」ということはあり得ないからだ。

 

代表機能が機能を失いつつある背景には、第1に社会の多様化という現象がある。社会が多様化し、様々な価値観を有する人が多くなると、「多数派」というものが存在しなくなる。すなわち、従来はある一定の価値に賛同する人が社会の中で多数を占めていたが、現在では様々な価値を持つ「少数派」が増加し、代表者が「多数派の利害」を代表することが困難となったのである。

 

第2に立法府の形骸化があげられる。立法府が議論の場でなく、行政の政策を認可するだけの場となってしまったのだ。すなわち、議会よりも行政権力の方が強大となってしまったのである。いわゆる政治主導のことであり、日本においても国会は議論の場でなく内閣提出法案を認可する場となっている感が否めない(内閣提出法案の成立率は約90%であり、議員提出法案の成立率は年にもよるが、10~20%ほどである)。

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では、こうした問題にカウンターデモクラシーはどう向き合うのか。それは、代表の回路を増やすことである。そもそもカウンターデモクラシーは、代表制民主主義の機能不全という文脈で論じられている。代表制民主主義の機能不全は、選挙の機能不全に由来するところが大きい。つまり、選挙を絶対化せずに、代表の手段の一部と捉えることに特徴があるのだ。他の代表手段として、ロザンヴァロンがあげるのは、デモやSNSNGONPO、司法などである。司法に関しては、現在の世代ではなく、先哲の考えを反映するというユニークな考えをロザンヴァロンは述べていた。こうした運動を通じて、選挙以外の時でも政府をコントロールしようというのだ。

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かつてルソーはこうした言葉を残している。

「イギリスの人民はみずからを自由だと考えているが、それは大きな思い違いである。
自由なのは、議会の議員を選挙するあいだだけであり、議員の選挙が終われば人民はもはや奴隷であり、無にひとしいものになる」(中山、p.192)。

 

選挙の有効性を疑問視する声は200年以上前から存在していたことになる。実際、選挙は機能不全に陥りつつある。しかし、まったく意味がないのではない。代表者への信頼という機能が託されているのだ。選挙に意味がないと悲観するのではなく、選挙と合わせて、どのような手段を見つけ、行使していくかが重要である。現状の問題点に対処する有効な手立てとしてカウンターデモクラシーをとらえ、自分に何ができるか、市民一人一人の役割を考えていきたい。とりわけ、教育を通じて、何ができるか、カウンターデモクラシーを支える市民の能力に何が必要なのか、知見を深めていきたい。

 

参考

・ピエール・ロザンヴァロン「ポピュリズムと21世紀の民主主義」pp.58-116、エマニュエル・トッド、ピエール・ロザンヴァロン他著(2018)『世界の未来 ギャンブル化する民主主義、帝国化する資本主義』、朝日新聞出版

・ルソー著(2008)『社会契約論』中山元訳、光文社

・山本達也「ソーシャルメディアがカウンターデモクラシーに与える影響―情報通信技術と民主主義をめぐる一考察―」pp.91-104(2017)『清泉女子大学紀要』

 

世界の未来 ギャンブル化する民主主義、帝国化する資本 (朝日新書)

世界の未来 ギャンブル化する民主主義、帝国化する資本 (朝日新書)

 

 

社会契約論/ジュネーヴ草稿 (光文社古典新訳文庫)

社会契約論/ジュネーヴ草稿 (光文社古典新訳文庫)

 

 

 

教育の原理

国家の働きは多岐にわたる。税金の徴収、公共財の提供・管理、法律の作成・承認、治安維持、はたまた外交・軍事まで、日常生活から国家の安全保障まであらゆることを担っているのが国家なのだ。では、そこでの重要な事柄を決めているのは誰なのか。議会制民主主義を採用する日本においては、決定者は国民の代表である政治家である。そして、代表者を選出するのは、言うまでもなく国民である。つまり、原理的には最終的な決定権力を国民が有していることになっているのだ。

 

ここで、国民が最終決定者たる始原に遡ると、社会契約説に行きつく。社会契約説とは、政府(国家、社会)は社会の構成員間の契約によって成立するという思想であり、重要なのは自らの基本的人権の保障のために人々が契約を結ぶという点だ。つまり、国家を作った主体が国民なのであり、だからこそ、その在り方を決める権限があるのだ。国家・社会の在り方を決める、ソーシャルメイキングの主体は国民なのである。国家の働きが大きいからこそ、その在り方を決める国民の責任も大きい。

 

したがって、国民が身に着けるべきは社会を作る能力を備えることとなる。そのためには、まず社会がどのようなものか、法律や経済などの仕組みを知る必要がある。次にそうした社会の仕組みが適切なのかを判断すること、そのための判断基準(価値観)を持つことが重要である。もし政策や法などが適切であれば維持していけばよいし、不適切であれば変えていけばよい。もちろん、選挙の際に代表者の政策を自分の価値観に照らして判断できることが大事なのは言うまでもない。

 

思うに教育の役割はこうした能力を涵養することである。もちろん、すべての国民が上記の能力を全て身に着けるのは現実的には無理な話である(教える私自身もすべて身に着けているかどうかは極めてあやしい)。しかし、理想は目指すためにある。民主主義が永久に完成することのない革命であるように、その主体を育てる教育も永久に完成することのない営みであろう。教育者として、こうした理念をもって日々の教育に当たりたい。

 

 

 

書評『ジパング』

 

「60年後の日本からやってきた」。

 

こんなことを言われて、あなたはどう思うだろうか。ましてや、その人間の言う未来があなたにとって悲惨なものだったとしたら。

 

今回紹介する『ジパング』はかわぐちかいじ作の漫画である。

 

 

2000年代初頭、南米に向けて出航していた自衛隊イージス艦「みらい」がタイムスリップしてしまう。そこは1942年6月、太平戦争真っただ中のミッドウェーだった。

「みらい」は沈みゆく偵察機に遭遇する。沈没していく機に向かって、「みらい」の副長の角松が飛び込んでいく。そうして、角松が助けた海軍少佐草加が物語を大きく動かしていく。

 

広島や長崎の惨状をはじめ、戦後の日本がたどった歴史を草加は知ることになる。彼が受けた衝撃はすさまじいものだっただろう。しかし、彼はただ歴史の推移を静かに眺めることができなかった。日本が負けないため、考えあぐね、たどり着いた結論がアメリカとの「早期講和」だった。

そのために、彼はあらゆる手段を用いて、本来とは異なる歴史を歩んでいく。石原莞爾毛沢東と会談したり、溥儀が暗殺されたり、ガダルカナルからの戦線が縮小されたり、、、。戦後の日本人が知る歴史とは異なり、全て草加の思い描いた通りに歴史が進んでいく。

 

そして、草加は日本が「早期講和」にたどり着く唯一の武器を完成させる。それこそが原子爆弾だった。原爆を使用することで戦争に終止符を打とうとする草加草加の考えに理解を示しながらも戦後日本に育ったゆえに人命尊重を第一に掲げる角松。角松は草加の企てを阻止しようと試みる…。物語は二つの立場が交錯しながら終盤を迎えていく。

 

様々な登場人物の思いがぶつかりあう姿にアッと引き込まれてしまった。ヒューマンドラマを楽しめるだけでなく、戦前の政治関係や第二次世界大戦の歴史を知る上で非常に参考になった。歴史の”If”を多くの人に楽しんでもらいたい。

文書改竄は何が問題なのか

権力は腐敗する、とは19世紀英国のアクトン卿の言葉である。100年以上前の発言ではあるが、現代の民主主義社会においても大きく示唆に富む言葉である。

 

森友学園を巡る財務省の文書改竄問題が報道を賑わせている。まるで政権の政治生命を左右するかのような印象を報道から受ける。それほど、メディアの取り上げ方はすさまじい。ここでは問題の内容には立ち入らない。マスメディアをはじめ解説コンテンツはあふれているからだ。今回は文書改竄の何が問題なのかを考えたい。

 

文書の改竄とは、文書内容を偽装したり、書き換えたりと恣意的に書面を操作することである。これが可能なのは、文書を管理する立場にある者かそうした人々に指示を出すことのできる者に限られる。為政者や官僚の都合によって事実が歪曲されたり、隠蔽されてしまう可能性があるのだ。

 

それは民主主義という観点から言えば、非常に問題といえる。民主主義の大原則は市民が自ら判断し、決定することである。そのためには適切な情報公開が必要であり、それが適切な判断・決定の材料となる。すなわち、政府の情報公開は教育的機能を担っているのだ。しかし、その材料に瑕疵があれば、間違った判断・決定をもたらしうる。政権にとって都合の悪い情報が隠蔽・歪曲されれば、市民の批判能力は大きく減衰し、民主主義が持つ自浄能力は消え去ってしまう。

 

また手続き上の瑕疵は政治権力の正統性を大きく傷つける。正統性とは支配を受ける人々が支配者に対して、その支配の妥当性を認めていることを表す。支配者とは権力を有する者のことであり、ここでは代議士や官僚など政策決定に携わる者とする。近代国家の原則は手続きの順守にある。いきなり段階をいくつも越えることは認められない。たとえば、運転免許試験の点数を不正に操作するだとか、自動車の検査で無資格の検査員が資格を行うだとかは決して認められない。適切な手続きを踏まえなければならないのだ。そうした原則(文書偽造の禁止)を守ることで社会の運営がなされている。しかし、そもそもそうした原則を設定する側が原則を守らなければ、人々は支配者に対して不信感を抱く。中には幻滅や怒りを抱く人もいるだろう。この結果、政治権力の正統性は大きく減退するのである。

 

正統性の度合いは政権の安定性に直結する。しかし、批判があるからこそ、問題点が改善され、より良い状態へと変化を遂げるのである。もし問題があっても、適切に情報公開をし、批判を甘んじて受け入れることが代表制民主主義体制における代表者としてふさわしい態度である。そして、その結果として内閣不信任が成立しようが、甘受すべきだろう。文書改竄というのは民主主義の原則を逸脱するものなのだ。

 

ただし、この問題に関しては情報が未だに錯綜しており、したがって評価はつけ難い。だから、現時点では文書改竄を巡る問題点を述べるにとどめたい。

書評「天皇の日本史」「近代天皇論」

先日、皇太子殿下が58歳の誕生日を迎えた。来年には天皇陛下の退位が予定されており、皇室や天皇の在り方に関する議論が論壇を賑わせている。にもかかわらず、天皇についてあまりにも自分が無知なことに気付いた。慌てて書店に行って手に取ったのがこの2冊だ。 

天皇の日本史 (平凡社新書)

天皇の日本史 (平凡社新書)

 

 前者は、天皇に焦点を当て古代から江戸時代までの歴史を紐解いていく。後者は宗教学者政治学者の対談形式で書かれており、天皇国家神道をベースに明治維新から現代までの歴史を眺めていく。

 

どちらにも共通しているのが、天皇は古代から権威として存在していた、ということだ。つまり、歴史の多くの場面で実質的な権力者が権力行使の正当化の道具として天皇を利用してきたのだ。古代においては天皇「自身」の命令は絶対的なものであり、その伝統が現代まで続いているからこそ、権力者の天皇利用が可能だった。たとえば、平安時代藤原氏天皇外戚関係を結ぶことで自身の権力基盤を形成した。室町時代には足利義満が朝廷の官位(太政大臣)を賜ることで、幕府の権威づけを試みた。近代においては、天皇が過度に神格化され、統帥権干犯問題などが起こった。

 

権威として機能するには、人々がその存在に権威を認めなければならない。そうでなければ、人々は権威に従ったり、敬意を抱いたりしない。天皇の権威を多くの人が認めるには、古代においては臣民に対する、近代においては国民に対する教化があった。すなわち、古代においては律令体制下における神道の組織化(神祇官の設置)があり、近代以降には国家神道という形で国民が組織化されたことがある。こうした中で天皇のイメージを周囲の人間が作り上げ、それが人々の行動を規定して行ったのだ。「天皇は神聖だ」「日本は神の国だ」と。

 

時に集合的な観念は人々を狂わせる。翻って日本は民主主義社会であり、建前とはいえ主権者は国民である。民主主義の究極的な原理は人民による自己決定であり、原理的に言えばその対象は天皇の進退をも含む。天皇は古代から連綿と続いてきた世界史上の稀有な存在であり、日本国民に日々祈りをささげてくださった尊いお方だ。だからといって、天皇の在り方の議論に蓋をするのはもはや思考停止であり、その態度は健全な民主主義社会の一員のものとは言えない。多様な考えが認められて当然なのだ。タブーを作らず、自分なりの天皇の在り方を考えていきたい。素敵な本に出会えたことに感謝である。

説明責任について②

前回の続きである。

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今回は教育における説明責任の必要性について考えたい。なぜ教育かといえば、説明責任は権力関係の下で発生するからだ。国民主権の下では国民が国政の最終決定権を有するとされてはいるが、実際は代表者と委任者の間には厳然たる権力関係がある。それは教育においても同様で、教師と生徒(学生・児童)の間にも権力関係はある。しかし、現実に妥協するのではなく、理想は目指すことに意義がある。民主主義社会の一員を育てることが現下の教育政策の目標ならば、幼少期から民主主義に親和的な価値観を育んでいく必要性があろう。

結論として、教育における説明責任は最低限必要である。教育とはある資質・能力を養うことであり、それゆえ獲得できる資質・能力というゴールに関する説明責任は不可欠だと思う。もし最終目標に関する説明がなければ、当然途中経過もわからず、何ができるようになったか、何ができないのかわからない。それはモチベーションを大きく削いでしまうし、教師に対する不信感をもたらしてしまう。一方で、あらゆる活動に説明責任を付随させても、そのコストは相当なものとなるし、時間制約上非常に困難だろう。だから、生徒が最終的に何ができるようになっているかを教師はきちんと説明する必要がある。

ただし、説明責任は教師が果たすべき責任のうち微々たるものである。教師が重きを置くべきは評価である。つまり、生徒が「何ができるようになったか」「何ができないのか」ということを逐次評価することである。そのためにも教師は目標を設定し、どういうステップがあるかを細分化して把握することが必要である。

ただし、どのようなことができるかが分かっても、自分が現在どの段階にいるのかということは中々わからない。そこで教師が適切な評価をすれば、何ができて、何ができないか生徒は理解できる。それがあるからこそ、現状の問題点を改善でき、それを修正すればより自分を高められるというモチベーションにもつながる。できることの積み重ねは小さいながらも成功体験となる。それは自信につながり、その自信の源を作ったという意味で教師に対する信頼が生じる。

ある能力を獲得できるようになるという将来への期待をもち、自分が着実に成長しているという実感を持てるからこそ、生徒は学ぶのである。だからこそ、説明責任に無駄な労力を割くべきではない。教師は不断に生徒を評価し、その努力に寄り添うべきなのだ。果たすべきは努力する姿勢に寄り添い続ける責任である。生徒ができるようになるまでとことん応援しよう。

最後に冒頭の問題を考えてみたい。確かに民主主義社会の一員を育むために、幼少期から説明責任が「当たり前」であることはその目的の実現に貢献するかもしれない。しかし、教育という営みは本来的に権力的であり、なにがしかの価値観を育むためには一定の期間、盲目的に提示された課題と向き合うことが重要なのだ。そうして身についた価値観を判断基準として批判的思考や意思決定能力を養う方が自律した個人の育成に資するだろう。したがって、教育において最低限の説明責任は必要ではあるが、民主主義社会の成員を育む上ではそこまで重要ではないと思う。

説明責任について①

政治学において説明責任という言葉がある。説明責任はアカウンタビリティーといい、アカウンティング(説明)とレスポンシビリティー(責任)を合わせた造語である。この言葉は元々アメリカで生まれたものであり、アメリカ大使館によれば次のように定義されている。

政府の説明責任とは、公選・非公選を問わず公職者には、自らの決定と行動を市民に対して説明する義務がある、ということを意味する。政府の説明責任を実現するため、各種の政治的・法的・行政的な仕組みが使われる。これらの仕組みは、腐敗を防止し、公職者が市民の声に反応できる、身近な存在であり続けることを目的として作られたものである。このような仕組みがなければ、腐敗がまん延するかもしれない。

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代表制民主主義の下では、公職に就いている者(政治家)は委任者(国民)に対して説明責任をもつ。どのような法が、どのような利害関係を持って、どのような過程を通じて作成されたかということについての情報は、国民がより適切な判断・評価を行う上での材料となる。もしも不正が行われていても、情報が明るみになっていれば、国民は不正を糾すことができる。

最近になって、日本でもアカウンタビリティーを重視する潮流が生じている。東京都の小池知事が都政の透明性を重視すると謳ったり、森友学園問題を巡って官邸に対する忖度があったのではないかとメディアが騒ぎ立てたりするようなことが起きているところからも、社会的な潮流として説明責任に敏感になっている人が多くなったのではないかと思う。

確かに民主主義を十全なレベルに保つには国民の知的水準が一定のレベルにあることが必要である。そのために説明責任によって情報が公開されることが不可欠だ。しかし、それはあくまでも代表ー委任関係において重視されるものであり、他の領域においても重要だとは限らない。社会的に敏感な人が多いというのは、裏を返せば他の領域においても説明責任を求める人がいる可能性を示唆している。次回は他の領域の中でも教育における説明責任の必要性について考えたい。