実践する思考

政治学や経済学の知見をもとに、歴史や時事問題に関して考えたことをつぶやきます。

韓国は「自由」民主主義国家か

今月10日、韓国が日韓合意に関して一方的な新方針を打ち立てた。文在寅大統領は、合意に関して「再交渉は求めないが、真実と正義という原則に立った解決を促す」と謳った。日韓合意は「最終的かつ不可逆的な解決」ではなかったのだろうか。

 

日本と韓国は自由民主主義という価値観を共有しているといわれる。自由民主主義は自由主義と民主主義という異なる概念が歴史的に混ざり合ってできた政治体制の原則である。自由主義を制度的に具体化したものとして法の支配や権力分立があり、一方民主主義を制度的に具体化したものとして選挙や国民投票などがある。ここで、日本と韓国は本当に自由主義と民主主義という原則を共有しているのか考えてみたい。

 

自由主義とは、個人が自ら意思決定できるように権力者の恣意的な介入を防ぐことを原則とする。つまり、権力者(人)の暴走を法によって防ぐことを根幹に据えている。ここにおける法とは正義に基づいた法であり、そうした正義の法に基づいて統治が行われることを法の支配という。

 

しかし、現代社会においては価値観が多様化し、あらかじめ正義について共通の理解が存在し得ない。ましてや歴史的背景や文化の異なる国家間ではなおさらであろう。したがって、両国間の合意が互いにとっての正義となる。日韓合意が「最終的かつ不可逆的な解決」を謳ったのであれば、その正義(合意)に従うことが法の支配を尊重することになる.

 

また、現行の国際法には「合意は拘束する(Pacta sunt servanda)」という原則がある。両国間が一旦合意したのであれば、その合意に拘束されなければならない。韓国は一方的に新たな方針を出して、これを反故にしたのであり、法の支配という原則を自ら放棄しているのである。

 

ただ、合意を発表した当時と政権が交代したのだから、合意は「今の」韓国世論を反映せず、正当性がないという批判がある。確かに、日韓合意は公式の文書が交わされておらず、日韓の外務大臣が共同記者会見を開いて発表されたものである。条約ほどの法的拘束力もない。しかし、世論を反映していないから正当性が欠けているというのは、民主的な正当性の欠如の問題であり、自由主義の射程を越えている。つまり、こうした批判の前提には、法ではなく人が統治の根幹になっているのである。民主主義という次元からの批判なので自由主義の放棄についてはなにも言及していないに等しい。

 

韓国が国内世論を受けて、日韓合意に関する一方的な新方針を立てたことは、「合意は拘束する」という国際法の原則を破ったことを意味する。さらには、合意を両国にとっての正義と解釈すれば、法の支配を自ら放棄したともいえる。したがって、日本と韓国は民主主義「は」共有するが、法の支配といった自由主義の諸原則は共有していないのである。