読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

実践する思考

主に社会科学と教育に関して、また読んだ本の書評も書いていくつもりです。

接続語に心を向ける

『「が」に注意を払うべし』とは、社会学者の清水幾太郎氏の言葉である。我々は日常会話の中で、「が」という接続語を頻繁に用いる。僕もよくやってしまう。例えば、次のような文である。

 

私の専門は社会科ですが、言語にも興味があるのですが、学生の間はジャンルを問わず広く本を読んでいるのですが、言語だけでなく、文化にも興味を抱いています。

 

上の一文では、接続語としての「が」が3回も使われている。接続語は、文または文節どうしの関係性を明確にするために用いられる。しかし、上の文では「が」のみが使われているため、その関係性が分かりづらい。というのも、「が」には3つの用法があるからだ。逆説、順接、そして並列の3つである。


逆説は接続語の前後で反対の意を表すもので、「しかし」などの用法である。順接とは、原因と結果の関係性を表し、「だから」などの用法である。そして並列とは、同じ内容を並べるもので、「そして」「また」などの用法である。


従って、「が」を用いると、「が」の意味するところを読者ないし聞き手に委ねることになる。会話であれば、話し手に「ここは、こういう意味か」と尋ねれば済む。しかし、文章では会話と違って、書き手に簡単に確認することはできない。そういった場合には、筆者の意図が誤解されて伝わる可能性もあるのだ。


だから、文章の書き手は、便利ではあるが多義的な「が」に頼るのではなく、くどいくらいに文と文、文節と分節との関係性を明示するべきである。つまり、「が」ではなく、「しかし」や「だから」といった狭義の接続語を用いるべきなのだ。先ほどの文の「が」を入れ替えると以下のようになる。ややくどいように感じるが、文どうしの関係性は明確になったはずだ。

 

私の専門は社会科です。しかし、言語にも興味があります。また、学生の間はジャンルを問わず広く本を読んでいます。だから、言語だけでなく、文化にも興味を抱いています。

 

文章とは、精緻な作業である。会話と違って、相手の助けを借りることはできない。だから、文章を書く際は、自分の意図を明確に伝えるように注意しなければならない。接続語に注意を払うのは、その第一歩だと言えよう。ブログに記事を投稿するにあたって、この第一歩をしっかりと踏み出していきたい。