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実践する思考

主に社会科学と教育に関して、また読んだ本の書評も書いていくつもりです。

民主主義と有権者の態度

アメリカ大統領選挙が始まった。最新の世論調査によれば、共和党候補の中でドナルド・トランプ氏がトップを独走しているようだ。


思うに、氏がトップを独占している大きな理由はその発言の歯切れの良さだろう。例えば、「米国を再び偉大な国にしよう(Make America Great Again!)」だとか、「日米安保条約は不公平だ」、そして「(増え続けるメキシコからの不法移民対策に)南部の(メキシコ)国境に『万里の長城』を築く」といった発言である。そうした「強気な」発言は、有権者に何らかの期待をもたらすのだろう。その期待は「トランプ氏はきっと今の政治に変化をもたらしてくれるだろう」といった類のものである。

政治はしばしば閉塞感を伴う。というのは、政治とは利害の調整であり、それには多大な時間を要するからだ。特に議会と大統領の権力が衝突するアメリカでは、予算案などを巡って政権と議会がよく対立を起こす。そうした決められない政治に対して有権者は不満を蓄積するのだろう。停滞した政治に飽き飽きした有権者にとって、はっきりとした物言いのトランプ氏は現状に変化をもたらしてくれる期待(錯覚?)を抱かせる。


しかし、そうした「なんとなく」の支持はトランプ氏が政治的な争点を単純化している賜物である。例えば、日米安保は共同して戦闘を行うという点では不公平だが、その代わりに日本は多くの敷地や資金を米軍基地のために提供している。例えば、横田基地の上空は日本の航空機は通ることができず、そのため上空を通らないように迂回しなければならない。共同戦線「以外」に目を向ければ、日本側も負担をしているのだ。


また、不法移民に対する対処療法的な提案は、まさに問題の単純化といえよう。メキシコからアメリカに流入する不法移民の遠因はアメリカにないとも言えない。それはNAFTA北米自由貿易協定)の成立に遡る。協定の成立によって、貿易の自由化が進み、安いアメリカ産のとうもろこしに押されて、メキシコでは多くのとうもろこし農家が職を失った。その結果、職を求めて、多くの失業者がアメリカに移住した。そうしたアメリカの「責任」を隠蔽し、移民は自分たちに害をもたらす「悪」だという単純化がトランプ氏の選挙手法の一つである。


政治は複雑である。だから、分かりやすさは争点を理解する上で重要だろう。しかし、分かりやすさが「単純化」と同義となってはならない。争点の背後にある問題を隠蔽し、有権者が広い視野を持って思考する機会を奪ってしまうからだ。それは有権者にとって楽だろうが、結果的に民主主義の弱体化に繋がってしまう。


トランプ氏がこのままトップを走り続けるのか。それとも、その手法は限界を迎えるのか。民主主義の伝統を持つアメリカの有権者が「思慮深く」なることを願ってやまない。