実践する思考

主に社会科学と教育に関して、また読んだ本の書評も書いていくつもりです。

「普遍的な」人権思想、ヨーロッパで生まれた人権思想

今年は国際人権規約が採択されてから50年になる。なぜかは分からないが、「人権」という言葉を聞くたびに不思議な違和感に襲われる。今日はその人権について考えてみたい。

「朕は国家なり」というルイ14世の言葉に現れているように、中世末期のフランスでは王に権力が集中していた。王が権力を独占するという背景には、王権神授説という思想的基盤があった。王権神授説とは、王の権力の正統性は、神が王に権力を授けたことに由来する、という思想である。つまり、中世末期のフランス社会では神を論理の前提に持ち込むほど、キリスト教の影響力が強かった。

やがて、市民革命を経て、権力主体は王から国民へと変わる。その際に援用されたのが、ロックやルソーの社会契約説であった。これは、自然権を持つ各個人が契約によって、社会を作り出すという思想であり、革命後に制定された憲法では、人民主権という形で規定されることとなった。

国民が権力の源泉である正当性はどこにあるのだろうか。社会契約説では、各人が自然権を持つとされている。自然権とは、人が生まれながらにして有する権利であり、具体的には生命・自由・財産などの権利を指す。
王権神授説では王が政治を行う権利を有するのは神に由来していた。その一方で、社会契約説では個々人が自然権という権利を有することを謳っている。これは神が王ではなく個人に権力を付与するということを意味している。例えば、アメリカ独立宣言では、“Men are created equal”と明記されている。これは神が人々を平等に創った(create)から各個人に自然権があるという理屈である。つまり、神が権力を与える主体なのであって、その客体が王から人々に代わっただけなのだ。
しかし、自然権が人々の考え方として普及するだけでは人権理念は絵に描いた餅のままである。人民一人一人が武器をとって王政を打倒した事実が、自然権というフィクションに正当性を与えたのである。

自然権思想はやがて基本的人権という形になっていく。それは、アメリカ合衆国憲法やフランス憲法、そして西洋から大きく離れたここ日本でも、憲法に明確に規定されている。
しかし、基本的人権の成立過程では、キリスト教の影響があった。つまり、基本的人権の考え方はヨーロッパの文化的要素を含んでいるのだ。従って、他文化との摩擦は不可避である。対立とまでいかずとも、制度としての基本的人権と社会におけるその在り方はいつか齟齬をきたす可能性がある。
すなわち、社会契約説が社会の在り方を決めているヨーロッパと、天皇制を掲げる日本では文化的社会的構造が大きく異なる。そうした違いを考慮せずに、単に人権の理念を受け入れるだけでは、摩擦が起きるのは当然であろう。
人権が人々に普及するには、市民一人一人が王政を妥当するという事実が必要であった。現在、人権思想は世界大に拡大していき、多くの人々に受容されている。しかし、それはヨーロッパの歴史的文脈の中で生まれた概念であり、また人々が自ら獲得したという歴史的背景がある。したがって、第二次大戦後に人権が上から降ってきた日本社会とはまったく事情が異なる。努力して獲得せずに上から与えられたという背景があるために、人々が人権を当たり前のものとして受け取っているのだ。だから、その在り方を巡る齟齬が今になって生じているのだと思う。違和感の正体はこのような理念と実態の乖離にあるんだろうか。